詩>とある男について

男は生きて在ることのなんたるかを知らない
また、そんなことなどどうでもいいと思い始めて久しい

男にはもう合成樹脂の翼はないし
視界に地平線も水平線もない
男はしばしば眼前にある風景を嫌悪し
そこをゆらめき動く人影に苛立つ

その背後にいかなるモノも存在させない
それ故後姿はときおり風景に紛れ識別できない

昨日までの男を見、今日の男を呼ぼうとして戸惑う人々よ
君たちはもう彼の存在を忘れていいのだ
男に関わる一切の記述は無意味だ
男は方位に関心がなく
地名を撫で関係を素通りする

今、男を被告席に立たせる
何なりと詰問するがいい
但し原告席に座を占める権限を誰が持とう
たちまち無罪放免である
それともそこに神を連れ出して座らせるか

男はまた街の蔭へと潜り込んでいく
もはや二度と見つけ出すことはできまい
別れの挨拶など無用だ