何かしら、とんでもないことが起こっている。声をひそめるように、しかも着々と。

子供の頃、昆虫採集が好きで野山を駆けまわっていた。
蝶類に夢中になっている他の子どもたちとは違い、採集していたのはカブトムシやカミキリムシなどの、いわゆる甲虫類だ。

4月から5月、咲き乱れるツツジの花々にはハナムグリうるさいほどに群がっていた。
それがここ数年のことだ。ツヅジの花々は見事に咲き誇っているのに、ハナアブなどの姿がチラホラする程度でハナムグリは一匹もいない。不気味なほど静かだ。

何かしら、とんでもないことが起こっている。声をひそめるように、しかも着々と。

「ハチはなぜ大量死したのか」ローワン・ジェイコブセン著 文芸春秋
本文から-
『メキシコ。バニラ農園の農民が、淡い緑色をしたバニラ蘭の柔らかい花弁を引き裂き、花粉を爪楊枝でかき出して柱頭に移している。受精した花柱は、成長してバニラの莢になる。
一年に一度しか開花しないバニラの花には花粉を保護している蓋があるが、その蓋の開け方を知っているハリナシミツバチの「メリポナピー」は森林伐採のために消滅してしまった。ほかにこのトリックをマスターした授粉昆虫はいない。今日、世界中のバニラ蘭は、人間の手で授粉されている。』

沈黙の春が現実のものとなりつつある。