ふと 歌詞の安っぽい言い回しがやけに胸に沁みてくる

カウンターの片隅で


カウンターの前にそろいもそろった男たちは
まるで品評会のイノシシだ
きみの選評を見守るように
その一挙手一投足に一喜一憂するイノシシだ
あるモノは壁掛け時計に目を泳がせ
あるモノはグラスのなかの氷を凝視めながら
きみからいつ声がかかるだろうか
どうしたら話のきっかけが?拙めるだろうか と
気持ちを高ぶらせ 胸に痛みさえ覚えて
それでも健気なイノシシたちは犬ほどではないものの従順にスツールの上で鎮座し
必死に面子を保とうとしている

どういう因果か
ぼくもいつしかそこに居並ぶ一匹の
しかも変種のイノシシになった
はなはだ偏屈なタイプだ
だから 長いことテーブルの上にこぼれた雫を弄んでいるようなことがあると
自分は何故こんなところにいるのか
何故こんな無駄な時間をすごしているのか と
惨めな また腹立たしい思いとたちまち格闘しはじめなければならなくなる
けれども ほかのイノシシたちは実に辛抱強い
きみとの束の間でもふれあいがあるのなら
多くのいたずらに空しく流れる時間も十分に償われるかのように

誰かがやおら立ち上がり
身振りを加えてカラオケを歌い出す
中南米に棲む極楽鳥は雌に対して自分を誇示するため
その見事な羽根をさかんに見せびらかすらしい
自分には果たして自負できるものなどあっただろうか
酔いのせいもあってつい自分の内側を覗きこんでしまう哀しさ
モニターの画面に見入っていると
ふと 歌詞の安っぽい言い回しがやけに胸に沁みてくる
そのとき
きみが黙ったまま水割りのお代わりをつくるためにぼくのグラスに手を伸ばした
ほとんど衝動的に
その指に触れたいと思う
その指に触れたい
この瞬間においてそれだけが望みのすべてだ

その指に触れたい
もう一度 心のなかで呟いてみる
いかにも歌に聴き入っているといった素振りで