詩> 「独り言を言うアライグマを先程から疎ましく思っていた

環状線電車内で

 
 

「夏だっていうのにうすら寒い日は憂鬱だ」

独り言を言うアライグマを先程から疎ましく思っていた

向かい側のドア付近で

ワンショルダーのバックを肩に掛け二本脚で立っている

生意気にもサンダル履きだ

 

電車が停まり反対側のドアが開いた

数人の乗客が降りたものの乗車する者はいない

 

そいつはガラス窓に狹い額を押しつけて

何もかも見逃すまいとするように外を眺めながら

何やらずっと呟いていた

そして時おり車内に向き直り

周りをじっくりと観察していくのだ

その小粒な目が狡猾そうで気味も悪かった

 

一体どこから来てどこへ行くつもりなのか

少し気にはなるが

どうでもいいと言えばどうでもいい

 

それにしても停車時間にしては長すぎる

ドアは開いたままだ

動き出す気配がないのはどうしてだろう

不思議なのは他の乗客たちがざわついていないことだ

 

「人身事故があったみたいですよ」

胸の内を読み取ったかのような声の方に視線をやると

人懐っこそうな笑みを浮かべたアライグマと目が合った

しまった、と思ったが遅かった

そいつはごく狭い歩幅で近づいてくると

忙しなく話しかけてよこし矢継ぎ早に質問もしてきた

そのくせ自分のことは何も話そうとしない

他人の好意を無視できない性質なので

こちらはつい要らぬことまで答えてしまう

 

馴れ馴れしい態度もさることながら

その早口で硬く甲高い声に次第に苛立ってきた

作物を荒らし生態系も崩す害獣として

世間では駆除もはじめている

それを知ってか知らずか

こいつは暢気に電車なんかに乗っている

 

復旧の見込みはどうなんだろう

まだまだ時間がかかるんだろうか

そいつの話にはうわの空で小雨まじりの空を仰いだ

速いスピードで押し合いへし合い

黒雲の塊が次々と流れていく

 

「夏だっていうのに小雨まじりのうすら寒い日は憂鬱だ」

気分を害したのか

アライグマは元いた場所の手すりに凭れていた

 

時間がかかっているとすると

凄惨な状況になっているのかもしれない

途中下車することを決め出口へと向かった