そんな嘘っぽさが何故か 心にしみる

ヒロイン

仕事を終えると
彼女はひとりで映画を観にいった
二本立ての安い上映館だ

一本は一年前のサスペンスものの話題作
そして もう一本は恋愛映画だった
中年の男とまだ若い女との
夕凪のような静かな出会いと訣れ
よくあるパターンのストーリィに
彼女は暗がりの中で涙を流した

自分と同じ年格好のヒロインは
愛しているからこそ、と
男の前から姿を消す
そんな嘘っぽさが
何故か 心にしみる

今まで自分は誰かを
本当に愛したことがあっただろうか
----- たった、一度だけ
なんて、答えられたのはいつ頃までのことだったろう

スクリーンに大写しになったヒロインが静かに呟く
----- よかったの、これで
本当にそうだろうか
ひとりのほうが気ままでいいと思うことは度々ある
だけど
無理してもひとりきりのほうがいいなんて
とても考えられない
やはりたまには男の腕に抱かれていたい

エンドタイトルを見届けずに
彼女は席を立ち
映画館を出て
そのまま駅に向かった

乗降口のガラス戸に額をすりつけ
外を眺めていると
郊外の風景がふとにじんで見えた
窓外を飛ぶ街路灯が
涙のなかで回転していく
彼女は小さく深呼吸をして
嗚咽をこらえた
もうすぐ三十歳 泣いてばかりじゃ始まらない

ドアが開き
後ろから押し出されるようにして
彼女のパンプスはプラットホームに踏み出した
颯爽として ためらいのないステップ
目的をもった歩き方だ

動き出した電車の
彼女のいた場所のガラスには
剥がれかけたポスターのように
女の悲哀が貼りついていた